<地球スケッチ紀行 127> 2013年 6月 15日号

 奈良東大寺正倉院に伝わるペルシャの美術工芸品 
                (ペルセポリス・イラン)

 イランは古くから農耕、牧畜が行なわれてきた。乾燥地が大
半を占め、メソポタミアのような大農耕地帯にはならなかった
が、家畜と共に移動生活を営む遊牧や移牧が発達した。

 北はカスピ海からテヘラン平野、5000mを越えるエルブ
ルス山脈を越えると北面は森林に覆われていた。強烈な陽射し
で水分が蒸発してしまうために地下水路を構築し、荒野に住む
人々の生命源を保っている。荒野は灰白色。塩分を含む地下水
が地表に滲み出しているためである。

 イラン高原を中心とする地域では、古くから独自の文明が育
まれてきた。メソポタミア文明と交わりながら、アケメネス朝
ペルシャがオリエント地方を平定し、それが史上初の世界帝国
ペルセポリスであった。

 アケメネス朝の領土は、アフリカの一部からインダス地方に
及ぶ広大なものとなった。マケドニア王アレクサンドロスの東
征によりペルシャは滅亡したが、オリエント文明の伝統は東西
の文明を融合させ、新しい文明が生まれた。ペルシャはその中
心に位置しシルクロードを経て唐時代の中国へ伝えられた。奈
良の東大寺の正倉院には千年以上の時を越えて校倉の中に丁重
に保管されている。

 ペルセポリスはラフマト山(慈悲の山)の麓に築かれ、この
山から切り出された石材が使われ、壮大な宮殿や広間が建てら
れた。紀元前512年、アケメネス朝ペルシャのダレイオス1
世が建築に着手、その子クセルクセス1世によって完成された
総面積125000㎢の都。重要な儀式はここで行られ、参加
者は「万国の門」を通り、「謁見の間」で特産品を献上。「百
柱の間」に通されて大宴会に加わったことが遺跡から感じ取る
ことができる。

 最古の印章は、紀元前6000年ごろ西アジアで生まれた。
最初の印章は、スタンプ式ではなく乾く前の粘土に捺して大切
な品物を封した。湿っているうちに捺した印章の痕は、乾いた
あと中身の保証と壊さなければ中の品物を取り出すことができ
なかった。その後イランで独自に作られた円筒印章も考案され
、現在に至までずっと使われ続けている。

カテゴリー: mailmagazine, 地球スケッチ紀行   パーマリンク

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>